意識の使い方

昨日書いた『体の使い方』の記事がいつもの僕の日常を綴ったブログより閲覧回数が多いです。
言葉にした瞬間に急に本質を失うという経験をよくするし(ちなみにこの一文を書いた時にすでに『あ〜またや!』って感じましたし、この投稿だけでも一体何回感じるか数知れずです。)、単純に皆が皆分かってくれるほどの説明が出来るほどの文才もないし、一人一人癖の持ち方も体の使い方も違うので、具体的に『どう体を使うか』はレッスンに来てくれれば精一杯教えます。
レッスンに来れない人は自分で本とか読んだり、『筋感覚』を頼りに自分で自分の体を観察して癖を治してください。
頑張ってください〜。

以前、練習の仕方について書いた記事も投稿した瞬間から大ヒットを記録したんですが、やはりこういう内容を皆は読みたいんですね。
ふむふむ。
かと言って、これからも僕は自分の書きたい内容を書きたいタイミングで、日記的なものを中心に、たま〜にこういう真面目な投稿をするスタンスを保ちつつ、肩凝らないよう自分で楽しみながらブログを続けていこうと思います。

さて、今日は昨日の投稿で淀川長治の決めゼリフ?で急に離脱した『意識』の話をしようと思います。

意識と言っても、ここでは二通りの意味があります。
ミスしないように『意識』することと、体の周りにある『意識』(オーラ)のこと。

一個ずつ片付けましょう。
ミスしないように意識して出来たミスのない演奏と良い演奏は違うんです。
音ミスだけではなくて、ピッチにしてもそうです。
必要以上に一部を意識し過ぎた演奏は、それで吹けたとしても全体としては固い演奏になってしまって良くない。
かと言ってミスすることも良くはない。
気を付けるべきだ。
ではどうするか?
事前にミスしないよう練習して準備する。
これに尽きる。
小石でつまずく(ミスする)のなら小石を予め取り除いておく(準備する)のです。
当たり前ですね。
小石どころか大きな障害物(自分の実力では実現不可能な課題)であれば場所を事前に確認して乗り越えられるように頭でイメージしたり、本番までに自分に必要な練習プログラムを組むこと。

さて、ここから先はもう一つの意識の話をします。
皆さん、運転しますか?
車とか、自転車でも良いです。
この道は通れるとか、このカーブは少し狭いからこのまま曲がると擦ってしまうとか、自分の運転してる車の幅は運転中であれば分かるでしょう?
あの感覚です。
それって車を自分の意識で覆ってるから可能なんですよ。

あ、目で確認するのとはまた別ですよ。
目で見てしまうと視覚的にコントロールしようとしてしまうので、見ないというのは大事です。
あ、とは言え、車の運転の場合、ぶつけたり擦ったりしてしまうと問題なのでしっかり目でも確認しましょう。

話を戻します。
大型のバスが狭い民家の路地を切り返すことなく一発で曲がるじゃないですか?
バスじゃなくても、人間自分の体をわざわざ見なくても渋谷のハチ公前の交差点で大勢の人とぶつからずにすり抜けられるじゃないですか?
目で見なくても、意識で体の位置をはっきりと分かっているからですよ。
楽器もそうです。
目で見たらダメです。
トロンボーンのポジションをいちいち目で確認したらダメだし、ベースも弦とか指とか見て演奏したらダメです。
視覚的にコントロールしようとしたら練習しても上手くならないです。
日々の練習で見なくても出来るよう『感覚』と『音感』を養うんです。
でもこれだけじゃないです。

剣道の達人は剣先まで意識が通ってるから、自分の間合いが分かったり、まるで自分の体の一部のようにはっきりと剣先までコントロール出来ますよね?
トロンボーンのスライドや、ベースの弦だけではなくて、楽器全体をこの意識で覆ってみてください。
そして体の声を聞くように楽器の出す小さな声を聞いてみてください。
それが出来たら今度は楽器と自分の体、さらにその周りをぐるっと意識のオーラで覆ってみてください。

どうです?
新しい世界が広がってきたでしょう?
そうです、ここが新世界です。
あぁ!またしても怪しい雰囲気が漂ってきたので、ここら辺で。
さいなら、さいなら、さいなら。